ご存知のようにここインドネシアでは沢山の日本企業が進出し数多くの日本人が日々活躍しています。活躍と書きましたが、当然のことながら様々な事情があり、日々、悪戦苦闘しているというのが正直なところでしょう。筆者もインドネシア現地法人で七転八倒する日本人駐在員のひとりです。これから数回にわけて、「ご当地特有の事情を踏まえた海外拠点での理想的な会計処理とはどんなものか?」を独自の視点を交えながら考えていきたいと思います。
今回は第一回目「今知っておくべきインドネシアの会計事情」というテーマです。
ジャカルタのある会計コンサルタントから聴いた怖い話です。
ある日本企業がインドネシアでビジネスを始めました。社長は営業出身だったため経理はローカルの経理マネージャに任せていました。日本の本社も良い意味で経営を現地に任せ、毎月の試算表や年度締めの財務諸表を見てウンウン頷いている状況が3年続きました。4年目に入ったころ、日本本社の監査法人の勧めもあり、経理担当役員がインドネシア現地法人を訪れ、現場チェックを行うことになったのです。其の時、どんなことが起こったか。
ローカル経理マネージャは日本の経理担当役員が来る前に辞職し連絡がつかなくなりました。そして、エクセルで管理していたハズの経理データが全て消されていたのです。
この話には、インドネシアでの会計を考える上で、私達に様々な問題提起をしてくれます。
まず、現地法人の経営者についてです。
インドネシア現地法人に駐在している社長さん及び取締役は、経理出身の方はほとんどいないのではないでしょうか? よほどの大企業でない限り、管理部門出身者を現地の経営に送る事も少ないようです。多くは、営業あるいは製造現場の出身者が現地法人の経営を担っています。
ここで問題となるのは、管理部門出身でない現地法人の駐在員経営者だけで会社の“管理”のしくみを構築することがどれだけ出来るか。言い方を変えると彼らだけで会社の“内部統制”を効かせることが容易に出来るのかということです。
会計に絞って話を進めますと、今のインドネシア現地法人の現実の問題として、会計の社内業務の流れを作るのはローカルの管理系マネージャになることが圧倒的に多いと思われます。伝票フォーマットの作成から始まって、起票、承認、入出金、記帳、加工、保管、参照、廃棄。その流れの中でどのように内部統制を効かせるかは非常に重要な経営課題のひとつです。それを野放しにしてしまっていては問題が起こる事は想像に難くありません。それを回避するためには何らかの仕組みが必要になります。が、その仕組みは駐在員として送られた経営者だけで作り上げることは至難の業だということです。短期間でも管理系の日本人担当者が現地の現場に入って仕組み作りをする必要があるような気がしています。
自社自力では出来ないと判断して、会計業務を外部委託している企業もあります。日本で言う記帳代行ですが、月初に前月の伝票と証憑を記帳代行業者に渡しておくと、それを元に毎月、財務諸表を作成してくれます。現地法人の社長さんはそれを経営指標のひとつとして活用していく、また、それを日本本社に“転送”する。とても実践的で一見解決しているように見えますが、実は、問題点が沢山内在しています。例えば、請負った側の記帳代行業者の社内は入力のプロ(?)は大勢いても経理のプロは想像以上に少人数です。政策的な仕訳は一切できないし、間違いだって指摘できていません。エクセルで業務構築している代行業者も多く、その業務量は相当だろうなと想像していますが、訂正などが入ると転記ミスなどがあり、バランスが合わない財務諸表が提出されたこともありました。(実体験ですが)そして、様々な理由があるのでしょうが、結果が出てくるのが1か月、2か月、場合よっては3か月以上も先になることもあり、それも問題点としてあげられます。
業務委託だからと言って、丸投げではうまくいかないのです。外部に委託したとしても会社の内部不正の防止策や代行業者の間違いを発見できるような社内のしくみが必要とされています。
インドネシアの会計原則は実はしっかりしていて、IFRSに準拠しているPSAK(Pernyataan Standar Akuntansi Keuangan)を基準にしています。また、中小企業向けにもETAP(Entitas Tanpa Akuntabilitas Publik)という会計原則があります。
会計という意味では日本や他の国と大きな違いはまったくありません。違いは、税金にあります。当記事の主旨と違うので詳細説明は割愛しますが、税金については、税務コンサルに依頼した方が良いのかもしれません。一般的には、経理を自社でやっているところは、経理マンと税務マンを分けて別の人がやっているし、経理は自社でやっているけど税務は税務コンサルに任せているという会社が多いです。インドネシアでは、経理と税務はもともと人材が別と考えられていて、同時に両方はやりません。先の記帳代行業者でさえ会計チームと税務チームは分かれていてスタッフも別々です。
人材について話を進めましょう。
先ほど、会計原則の話をしましたが、会計を学校で専攻した人はこれら会計原則を一通り学んでいるでしょうから、立派な知識をもっていると考えられます。
また、会計士の資格制度もあり、彼らはプライド高く立派な仕事をします。
日本と大きく違う点は、会計の人材のその裾野の広がりです。
インドネシアには、日本における簿記検定にあたるものは存在しません。実は現場の仕事になると、会計原則云々より、簿記検定ベースの知識の方が役に立ったりします。この簿記検定がないがゆえに、経理学校を卒業した人は自分の到達度もわからないままですし、履歴書を見ただけでは、どのレベルまで分かっているのかは見当さえつきません。また、小口現金の管理と請求書発行など庶務的な処をやっていても経理の経験があるという認識で履歴書に書いてくる人もいます。
このような状況の中、日本企業の経理マン選びは面接でどれだけ見極められるかのみにかかってきます。しかし、会計のバックグランドがない日本人経営者が彼らのスキルを見極めるのは至難の業でしょう。少なくとも、事前に何をどう質問するかを日本本社あるいは、会計コンサルタントに聞いて、予習しておくこと肝要だと思います。簡単なケーススタディの財務諸表づくりをテストしてもよいかもしれません。
ここまで読んでいただくと、最初の「ジャカルタのある会計コンサルタントから聴いた怖い話」が起こってしまう背景が何となく理解できると思われます。
辞めてしまった経理マネージャが作成した財務諸表は実は突っ込みどころ満載だったのかもしれません。あるいは、何らかの不正があったのかもしれません。そして、そうならないようなチェック機能が効いた業務プロシージャではなかったのでしょう。「俺が見ているぞ」、あるいは「日本本社が目を光らせているぞ」という牽制が、言葉以外にも仕組みとして必要だったのでしょう。人はどこの国の人でも“見られている”と思うと姿勢を正すものです。
今、インドネシアをはじめ新興国と呼ばれる国々では、日本企業の進出ラッシュが続いています。インドネシア以外の国でもこれと共通した悩みがあるような気がしています。何らかの手を打っていかないとその現地企業が被害をうけるだけではなく、その社員や日本本社にも影響が及ぶものです。ぜひとも、内部統制の効いた会計業務のしくみをともに考えていきたいですね。
小池雄一(こいけゆういち)
学習院大学卒業後、日本アイビーエム株式会社入社。IBM社内向け会計システムのSEを経て法人営業部へ異動、SE経験を持つ営業マンとして法人顧客に対しソリューション営業を展開する。その後、人材物流総合サービス会社の初代ジャカルタ駐在員事務所長としてインドネシアに赴任。ビジネス開発を推進し現地法人化する。自身は代表取締役となり、設立から事業開拓、運営、会社閉鎖(親会社の合併のため)と、会社の一生を6年間の駐在期間で経験する。帰国後、親会社合併統合システムの構築を指揮し軌道に乗せた後独立し、あたためていたビジネスプランを実現すべく再度インドネシアへ渡航。当地での就労ビザ取得代行専門会社の経営をはじめ、会計業務など各種業務課題に対して、ITと手作業を最適に組み合わせて日本企業が海外グループ全体を統括できる仕組みづくりを提案し実現するソリューション事業を展開中。